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竹迫城跡(市指定文化財)

最終更新日 [2013年7月18日]  

竹迫城跡
 竹迫城は、別名合志城、蛇の尾城、上庄城、和田城、穴の城とも呼ばれています。
 鎌倉時代のはじめ、地頭職として鎌倉幕府から派遣されてきた中原師員(なかはらもろかず)が築いたといわれています。
 その後竹迫氏約320年、合志氏約80年の居城として、合志郡一帯の統治の拠点として栄えましたが、天正13年(1585)、薩摩の島津氏との戦いで落城しました。
 築城当時、一帯は周囲を沼で囲まれた天然の要害となっており、高いところは海抜約90m、近くを流れる塩浸川からも約25mの高さの丘陵でした。「合志家記」によると、城域は、東西約1.8km、南北約1.4kmで、かなり大規模なものであったと思われます。
 北側斜面一帯は、土塁や空堀が丘陵に沿って走行しており、中世期の城の特徴をよく残しています。東側にも土塁や堀がありましたが、昭和40年代の土地造成により消滅しています。
 また惣構(そうがま)えと呼ばれる外堀(長さ約5.9km)を含めると、城域は東西約2.3km、南北約1.4kmとなり、かなり大規模なものであったとことがうかがえます。
 この城跡の様子を知るものとして、文政(ぶんせい)8年(1825)に描かれた「竹迫城絵図」があり、貴重な歴史資料として、合志歴史資料館に展示してあります。
 現在、この城跡は公園化され、お花見や草スキーを楽しむ方でにぎわう憩いの場となっています。
 
所在地:合志市上庄
地図はこちら→ 竹迫城跡地図
 
この情報に関するお問い合わせは
生涯学習課 生涯学習班
電話:096-248-5555
ファックス:096-248-5450
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